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| オーストラリアの経済 |
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(1)経済規模と所得水準
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オーストラリアのGDPは3,119億米ドル(1994年、約31兆円)で日本の約15分の1の規模である。経済規模から言うと、スイス2,672億米ドルよりもやや大きく、オランダ3,345億米ドルよりもやや小さく、西ヨーロッパの中堅国に相当する規模である。
一人当りのGDPでは、オーストラリアは19世紀後半から今世紀前半にかけて、世界で最も高い水準を誇っていたが、その後、徐々に順位を下げ、
70年代以降は10位以下まで落ち込んでしまった。
1994年では、17,500米ドル/人と日本の約半分であり、100年前は、日本はオーストラリアの10分の一の水準だあったことから、100年で日本の一人当りのGDPが、対オーストラリアで20倍になったことを意味する。
これは、日本の経済成長が目覚しかったことを表すと同時に、オーストラリア経済の凋落も表している。
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(2)経済悪化とその要因
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戦後50年代まで、世界で最も高い所得水準を支えたのは、1850年代の金鉱の発見とそれに続く羊毛の輸出によると考えられる。その後の1960年代には石炭や鉄鉱石などの鉱物資源の輸出が、羊毛を補う形でオーストラリアの繁栄を持続させた。もちろん、白豪主義や労働組合の強さによる労賃水準の高さも無視できない。
しかし、70年代には経済悪化が一気に表面化することとなり、完全雇用、低インフレ、高所得が見直しを迫られることとなった。
この経済失速の要因としては
@鉱物資源を中心とする投資拡大.外資導入が資本レンタル、賃金等の生産要素価格を押し上げたこと
A石油ショックを契機とした先進国の省資源,省エネルギーの浸透
B輸入代替化政策が行き詰まり、ハイコスト.エコノミーを実現させてしまったこと
等である。
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(3)経済構造の特徴
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@経済構造の二面性
第一の特徴としては、農産物や鉱産物などの第一次産品の輸出国としての側面と第三次産業の割合が圧倒的に高い先進国型の産業構造を持つ側面との二つの顔を持つということである。
GDPに占める農林水産業の割合はわずか3%に過ぎないが、商品輸出に占める農産物、鉱産物の比率は76%(1993年ABS提供)もあり、海外からは農業国と見られがちである。
一方、 産業別労働人口割合を見ると農林水産業等の一次産業6%に対し,サービス業は80%(1994年ABS提供)と世界的に見ても非常に高い数字になっている。
A製造業の停滞
植民地時代は、イギリスから遠く、世界市場から孤立していたし、第一次世界大戦後は安全保障政策として製造業を中心に保護主義政策が取られた。その結果、国際競争力は強いものとはなっていなかった。
60年代に入ると資源ブームによる賃金上昇が製造業にも波及し、また、近隣の日本、東南アジア、米国からの製品輸入が阻害的に働き、製造業は停滞している。
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(4)オーストラリアの鉱業
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@豊富な資源
93年ベースで商品輸出の46%を占め、オーストラリアの輸出の牽引車的役割を果たしている。
1850年代のゴールドラッシュで金生産は世界の4割を占めたが、その後、鉱業は経済発展の主軸とならず、再び脚光を浴びるのは1960年代まで待たねばならなかった。
1950年代以降に鉄鉱石、ボーキサイト、石油が相次いつで発見され、1958年には鉄鉱石の輸出が解禁された。また、日本は急速な経済成長を遂げつつあり、オーストラリアの鉱物資源の輸出は急拡大していった。
現在、60種類以上の鉱物を採掘しているが、埋蔵量で、ボーキサイト、鉛、亜鉛、ウラン、鉄鉱石、鉱業用ダイヤモンドは世界第一位、石炭は第3位となっている。
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<オーストラリアの主な鉱物資源埋蔵量>
| 鉱種 |
豪州(A) |
世界(B) |
(A)/(B)(%) |
ランク |
| ボーキサイト(百万t) |
7,900 |
28,000 |
28.2 |
1 |
| 鉛(百万t) |
32 |
120 |
26.7 |
1 |
| 亜鉛(百万t) |
100 |
430 |
23.3 |
1 |
| 金(t) |
4,700 |
72,000 |
6.5 |
3 |
| 銀(千t) |
33 |
420 |
7.9 |
5 |
| マンガン(百万t) |
80 |
5,000 |
1.6 |
5 |
| 錫(千t) |
600 |
12,000 |
5.0 |
7 |
| 銅(百万t) |
23 |
630 |
3.7 |
10 |
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出典:Mineral Commodity Summaries 1998
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一方、生産で見ると、ボーキサイト、チタン鉱、ダイヤモンドは世界最大の生産国となっている。また、鉛、亜鉛、ウランは世界第2位、金は第3位銅は第4位となっている。
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<オーストラリアの主要非鉄金属生産量>
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鉱種
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豪州(A)
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世界(B)
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(A)/(B)(%)
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ランク
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ボーキサイト(百万t)
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44
|
124
|
35.8
|
1
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チタン鉱石(千t)
|
1,468
|
4,087
|
35.9
|
1
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鉛鉱石(千t)
|
489
|
2,787
|
17.5
|
2
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亜鉛鉱石(千t)
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962
|
7,051
|
13.6
|
2
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ウラン鉱石(t)
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5,489
|
35,098
|
15.6
|
2
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金鉱石(t)
|
311
|
2,228
|
14.0
|
3
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ニッケル鉱石(千t)
|
124
|
1,022
|
12.1
|
3
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|
銅鉱石(千t)
|
560
|
11,386
|
4.9
|
4
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銀鉱石(t)
|
1,106
|
14,616
|
7.6
|
5
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マンガン鉱石(千t)
|
2,136
|
22,959
|
9.3
|
5
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出典:World Metal Statistics June 1998
World Metal Statistics Yearbook 1998 |
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輸出産品の金額で見ると、石炭(1位)、金(2位)、鉄鉱石(4位)と一次産品が上位を占めている。(羊毛は第3位) |
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A鉱物資源ブームの終焉
鉱物資源ブームと製造業との関係鉱物資源は、直接海外に輸出されたため、国内の製造業の発展にには結びつかなかった。それどころか、この部門が引き起こした賃金上昇は、製造業にも波及した。
また、鉱物資源の輸出増加は、豪ドル相場を引き上げることとなり、製造業の国際競争力を低下させることとなった。
60年代に始まった鉱物資源ブームも73年、79年の石油危機後、日本を中心とする資源国が、資源節約的な工業国への転換を図ったため、終焉を迎えることとなった。
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(5)オーストラリアの農業
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@農業の概要
オーストラリア大陸は、世界で最も乾燥した大陸であり、年間降水量は460mmと少なく、また、土地も痩せているため、自然環境は必ずしも農業に適したものではない。
地域別に生産物を分類すると、沿岸部に位置し、最も雨が多い「多雨」地帯では、酪農、さとうきび、子羊の飼育などが集約的に展開されている。
大分水嶺山脈の内側に位置する「小麦、羊地帯」では、平均面積は多雨地帯の2倍有り、小麦、大麦と羊や肉牛も取り入れた「混合農業」が行われている。
さらに内陸の「牧畜地帯」は年間降水量は400mmしかなく、穀作もできないため、羊と肉牛を飼育している。
A農業の特徴および構造変化
オーストラリアの農地面積は4億9千万平方キロメーターで国土の64%を占め、1農場当りの平均面積は3,100haと日本の2,000倍以上の面積となっている。
戦後50年代まで、農業部門は、オーストラリアの経済を支える重要部門としてGDPの約30%、商品輸出額の約80%を占めていたが、現在でも商品輸出額の約20%を占めており、依然として重要な産業部門である。
中でも、牛肉は世界最大の輸出国であり、国際市場に占める割合は26%もある。
オーストラリアの農業の歴史の中で、1973年の英国のEEC加盟は大きな事件となった。この加盟により最大の農産物の輸出先を失ったが、その後、輸出先の多角化に成功し、日本を始めとするアジア諸国や中近東に輸出先をシフトできることとなった。
しかし、80年に入ると、ECや米国の補助金付輸出攻勢により、再び市場を奪われるという事態に追い込まれた。
1993年に終了したGATTウルグアイラウンドでは、オーストラリアは農産物貿易の自由化を積極的に進める方向に指導力を発揮し、一定の成果あげることに成功した。
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